333DISCS PRESS

●乙女歌謡

こんにちは。甲斐みのりです。333pressの乙女歌謡コーナーでは、日本語の歌に限らず、私が10代の頃に夢中になっていた歌をご紹介いたします。

普段は愛らしいボーカル、メロディー、歌詞の歌をご紹介することが多い中、今回は少し趣が異なります。はじめてこの歌を耳にしたのは、10代もあと少しで終わりを迎える頃だったでしょうか。中古レコード屋で流れてきた、演奏や女性の歌声に大きく心を揺り動かされ、めったに話しかけることのない店員さんに曲目を尋ねたほど。けれども結局、レコードが思いのほか高価で、メモだけを持って帰りました。それからその歌と再会し、CDが自分の元にやってきたのは数年が過ぎたあと。今はインターネットやYou tubeでほしいCDや聴いてみたい音楽をすぐに検索も購入もできるけれど、当時はまだ、好きな音楽はレコード屋に通い必死に掘り出していた時代でした。

その歌というのが、74年に発表された、アルバム『SLAPP HAPPY』に収録されているSlapp Happyの「Casablanca Moon」。Slapp Happyは、イギリス人のアンソニー・ムーア、アメリカ人のピーター・ブレグバド、ドイツ人のダグマー・クラウゼと、国籍の異なる3人編成のアヴァン・ポップ・グループ。タンゴのリズム、切なげなピアノとバイオリン。ダグマー・クラウゼの可憐で意思の通った歌声。深い夜の森に差し込む光のような情緒と妖艶さに引き込まれ、夜がくるたび繰り返し聴いていました。昔は今よりも音楽に夢中で、「これは夜に似合う音楽」と音楽ごと聴く時間を変えていたりしたのですが、「Casablanca Moon」はタイトルからというだけでなく、人の闇の部分を美しく映し出しているような気がして、“夜の音楽”に選り分けていたのです。この「Casablanca Moon」が発表される前年に発表されるはずで、しかし前衛的という理由で発売中止になったアルバム『Acnalbasac Noom』にも、「Casablanca Moon」の別バーションが収録されています。

まだ京都に住んでいた2000年、京大の西部講堂でSlapp Happyのライブを聴くことができたのですが、ダグマー・クラウゼが歌う「Casablanca Moon」をすぐそばで感じたとき、嬉しいような切ないような言葉にできない感慨を覚え、涙がこぼれてきました。 今でも月が綺麗な夜には、Slapp Happyが聴きたくなります。

甲斐みのり

文筆家。1976年静岡生まれ。旅・お菓子・各地の食材・クラシックホテルや文化財の温泉宿などを主な題材に、女性が憧れ好むものについて書き綴る。http://www.loule.net/